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大阪地方裁判所 昭和56年(ワ)522号 判決 1984年9月27日

本訴事件原告、反訴事件被告、手形事件原告(以下単に「原告」という。) 大丸興業株式会社

右代表者代表取締役 井上信

右訴訟代理人弁護士 片岡勝

同 朝沼晃

本訴事件被告、反訴事件原告、手形事件被告(以下単に「被告」という。) 兼松江商株式会社

右代表者代表取締役 高橋武巳

右訴訟代理人弁護士 山田作之助

同 羽尾良三

同 米田宏己

同 寺崎健作

同 杉浦正健

同 尾崎宏

主文

一  被告は、原告に対し、金八八〇二万五四六一円、及びこれに対する内金四三一五万九一八〇円に対する昭和五六年三月一日から、内金四四八六万六二八一円に対する同年四月一日から各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告と被告間の当裁判所昭和五六年(手ワ)第三九七号約束手形金請求事件について当裁判所が昭和五六年四月一六日に言渡した手形判決を認可する。

三  被告の反訴請求を棄却する。

四  本訴事件並びに反訴事件の訴訟費用、及び異議申立後の手形事件の訴訟費用は、いずれも被告の負担とする。

五  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

(本訴事件関係)

一  請求の趣旨

1 主文第一項同旨。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(反訴事件関係)

一  請求の趣旨

1 原告は、被告に対し、金三二〇三万二三五〇円及びこれに対する昭和五六年二月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2 反訴費用は原告の負担とする。

3 仮執行宣言。

二  反訴請求の趣旨に対する答弁

1 主文第三項同旨。

2 反訴費用は被告の負担とする。

(手形事件関係)

一  請求の趣旨

1 主文第二項同旨。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

(本訴事件関係)

一  原告の請求原因

1 原告は、各種商品の輸出入を業とする株式会社、被告は、いわゆる総合商社である株式会社である。

2 原告は、昭和五五年七月一七日、被告との間で、左記の各約定に基づき、別紙物件目録(二)(三)記載の各商品(以下「(二)の商品」及び「(三)の商品」という。)を原告が被告に売渡す旨の売買契約を締結した(以下、(二)の商品に関する売買契約を「本件(二)契約」、(三)の商品に関する売買契約を「本件(三)契約」という。)。

(一) (二)の商品に関する約定

(ア) 代金総額 四三一五万九一八〇円

(イ) 商品の引渡期限 昭和五五年七月一六日

(ウ) 商品の引渡場所 谷宗織物株式会社(以下「谷宗」という。)

(エ) 代金支払の時期・方法 昭和五五年八月三一日に、昭和五六年二月二八日満期の被告振出の約束手形を交付して支払う。

(二) (三)の商品に関する約定

(ア) 代金総額 四四八六万六二八一円

(イ) 商品の引渡期限 昭和五五年七月一六日

(ウ) 商品の引渡場所 大宗工業株式会社(以下「大宗」という。)

(エ) 代金支払の時期・方法 昭和五五年八月三一日に昭和五六年三月三一日満期の被告振出の約束手形を交付して支払う。

3 よって、原告は、被告に対し、本件(二)契約に基づき、売買代金四三一五万九一八〇円及びこれに対する弁済期の翌日である昭和五六年三月一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、本件(三)契約に基づき、売買代金四四八六万六二八一円及びこれに対する弁済期の翌日である昭和五六年四月一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実は、認める。

2 同2のうち、本件(二)(三)契約の成立日及び右契約上の商品の引渡期限に関する約定は否認し、その余の事実は認める。

本件(二)(三)契約成立の日は、昭和五五年七月二五日頃であり、また、引渡期限については、原告主張のような契約成立前のものではなく、契約成立後の同年八月一五日であり、同月末日の被告の代金支払に先立って、原告が谷宗及び大宗に各商品を納入しておく約束になっていた。

三  抗弁

1 売買契約解除の抗弁

(一) 本件(二)(三)契約を含め後記本件各契約には、前記のとおり原告の商品引渡先履行の特約があるにもかかわらず、原告が引渡義務を履行しないため、被告は、昭和五六年二月一九日到達の書面で、原告に対し、右書面到達の日から一週間以内に商品の引渡を行なうよう催告するとともに、右期限内の引渡がなされない場合には、右期限経過の日をもって本件(二)(三)契約を解除する旨の意思表示をした。

(二) 昭和五六年二月二七日、右期限が経過した。

2 同時履行の抗弁

仮に右1の主張が認められない場合には、被告は、原告が(二)(三)の商品の引渡をなすまで、右代金の支払を拒絶する。

四  抗弁に対する認否

1 抗弁1について

(一)のうち、被告主張の日に被告主張の催告及び意思表示が原告に対しなされたことは認め、その余の事実は否認し、右催告及び解除の意思表示の効力は争う。(二)の事実は認める。

2 抗弁2の主張は、争う。

五  再抗弁

1 本件各取引の経過

(一) 谷宗は、各種繊維の製織・編織・縫製・仕上・加工や各種繊維原料の輸入等を業とする株式会社、大宗は繊維製品の製造・販売を業とする株式会社であるが、実際には、大宗の代表取締役谷一光(以下「谷」という。)が、谷宗の専務取締役を兼務し(なお、谷は谷宗の代表取締役谷叡の弟である。)、両社の営業及び財務を担当して、事実上両社の経営全般を取り仕切っているうえ、両社の資金繰りも谷宗が中心となって行なっており、また大宗は倉庫を持たず谷宗の倉庫を使用しているなど、両社は取引通念上一体視すべき会社である(以下、右両社を「谷宗グループ」と総称する。)。

(二) ところで、原告は、昭和五二、三年頃より、谷宗グループとの間でカーペット用の材料の売買取引を行なっていたところ、昭和五五年六月上旬、谷宗グループの谷が、原告に対し、① 谷宗グループは、従来谷宗グループのメイン商社である被告との間で原糸・原綿製品等の売買取引を大量かつ継続的に行なってきたが、今度、大宗が別紙商品目録(一)記載の各商品(以下「(一)の商品」という。)を被告に対し売り渡すことになったこと、② 被告と大宗との話合によれば、被告の大宗に対する右売買代金の支払期日は同年七月末日になっているが、大宗は六月末日までに右売買代金を得る必要があるから、原告が大宗と被告との右売買取引の中間に介入し、六月末日に右代金を大宗に支払って欲しいこと、③ 被告と大宗との間では、既に右売買の取引条件等が決定されており、(一)の商品は、大宗が、原被告間の売買契約成立前に、その最終納入先である谷宗に直接納品しておくこと、を述べて、原告に対し、大宗と被告との間の売買取引に中間者として介入することを依頼した。

(三) そこで、原告は、被告の繊維国内資材部産業資材課の担当者河野国利(以下「河野」という。)に対し、谷の右依頼の趣旨を告げて、被告と谷宗との間の売買契約及びその取引条件等の確認を求めたところ、河野は、右谷の話は間違いない旨、そして、原告が被告と大宗との間に介入するならば、昭和五五年七月末には原告に対して代金を支払う旨答えたので、原告も、社内禀議を経て谷の右依頼に応ずる旨決定した。

(四) その後、大宗から、原告に対し、谷宗への納品が済んだので原告と被告との間で売買契約を締結して欲しい旨の再度の依頼がなされ、同時に次の(五)に記載されているような各取引条件も示されたため、原告は、右取引条件につき再度河野に確認を求めたところ、河野もその通りである旨回答した。

(五) そこで、原告は、昭和五五年六月一九日、大宗との間で左記(1)の約定に基づき原告が大宗から(一)の商品を買受る旨の売買契約を、被告との間で左記(2)の約定に基づき原告が被告に対し(一)の商品を売渡す旨の売買契約(以下「本件(一)契約」という。)を、同時に締結した(以下、本件(一)契約を含め、(一)の商品に関する原被告及び谷宗グループ間の売買取引を「本件(一)取引」という。)。

(1) 大宗・原告間の約定

(ア) 代金総額 六一八二万七五二〇円

(イ) 商品の引渡期限 昭和五五年六月一五日

(ウ) 商品の受渡場所 谷宗

(エ) 代金支払の時期・方法 昭和五五年六月三〇日に、同年一二月三一日満期及び昭和五六年一月三一日満期の原告振出の各約束手形を交付して支払う。

(2) 原被告間の約定

(ア) 代金総額 六四〇六万四七〇〇円

(イ) 商品の引渡期限 昭和五五年六月一九日

(ウ) 商品の引渡場所 谷宗

(エ) 代金支払の時期・方法 昭和五五年七月三一日に、満期昭和五六年一月三一日額面金三二〇三万二三五〇円の約束手形及び満期昭和五六年二月二八日額面金三二〇三万二三五〇円の被告振出の各約束手形を交付して支払う。

(六) その後、原告の担当者馬淵昭二郎及び野村裕が、本件(一)契約に関する買約証に被告の捺印をもらうべく、昭和五五年六月二三日、河野を訪ねたところ、河野は、右買約証への捺印を済ませた後、(一)の商品は既に納品済みである旨、及び昭和五五年七月三一日に約定どおり被告は手形二通を振出・交付する旨確認しながらも、納品日については、被告の谷宗に対する社内的な売上枠の都合上、昭和五五年七月二日より七月一一日までの間六回にわけて納品がなされたことにして欲しい旨、右原告の担当者両名に依頼し、その形式上の納品日及び品目の明細を指示した(その後、原告は、右指示に従って、納品書及び請求書を作成し、同年七月一〇日頃これを被告に郵送した。)。

(七) そして、原告は、昭和五五年六月三〇日、再度河野に連絡し、同人から同年七月末日には被告が原告に対し前記約定代金を支払う旨の確答を得たうえで、大宗に対し前記売買契約に基づく約定代金の支払を行ない、さらに、同年七月三一日には、被告から、本件(一)契約に基づき前記約束手形二通の振出・交付を受けた(但し、そのうち昭和五六年一月三一日満期のものについては支払がなされたが、同年二月二八日満期の手形については、被告は契約不履行を理由としてその支払を拒絶するに至った。)。

(八) この間、昭和五五年七月上旬頃には、再び谷及び谷宗の営業第三課長藤井勝司が、原告会社を訪れ、① 谷宗グループは、再び被告との間で、大宗 被告 谷宗の順に(二)の商品を売渡す売買取引(以下、(二)の商品をめぐる原被告及び谷宗グループ間の売買取引を「本件(二)取引」という。)、及び谷宗 被告 大宗の順に(三)の商品を売渡す売買取引(以下、(三)の商品をめぐる原被告及び谷宗グループ間の売買取引を「本件(三)取引」という。)を行なうことになったが、前記(二)②と同様の理由から、本件(二)取引に関しては大宗と被告との間に、本件(三)取引に関しては谷宗と被告との間に、原告が介入して、被告と谷宗グループとの間で既に決定されている被告の代金支払期日である昭和五五年八月末日より一か月早い同年七月末日に、原告が大宗及び谷宗に対し売買代金を支払って欲しいこと、② 被告と谷宗グループとの間では、前回同様、既に取引条件等が決定されており、右各商品は、原被告間の売買契約成立前に、大宗及び谷宗が、それぞれその最終納入先である谷宗及び大宗に納入しておく予定であること、を述べて、再び原告が被告と谷宗グループとの取引に中間者として介入することを依頼した。

(九) そこで、原告は、前回同様、河野に対し、谷の依頼の趣旨を告げて、取引条件等の確認を求めたところ、河野が右谷の話は間違いない旨答えたので、社内の禀議を経たうえ、谷の右依頼に応ずる旨決定した。

(一〇) その後、谷宗グループから、原告に対し、納品が済んだので被告と契約して欲しい旨の依頼があり、原告は、昭和五五年七月一七日、大宗との間で左記(1)の約定に基づき原告が大宗から(二)の商品を買受ける旨の契約を、被告との間で本件(二)契約を、谷宗との間で左記(2)の約定に基づき原告が谷宗から(三)の商品を買受ける旨の契約を、被告との間で本件(三)契約を、それぞれ同時に締結した。

(1) 大宗・原告間の(二)の商品に関する約定

(ア) 代金総額 金四一六三万二六五〇円

(イ) 商品の引渡期限 昭和五五年七月一六日

(ウ) 商品の引渡場所 谷宗

(エ) 代金支払の時期・方法 昭和五五年七月三一日に、昭和五六年一月三一日満期の原告振出の約束手形を交付する。

(2) 谷宗・原告間の(三)の商品に関する約定

(ア) 代金総額 金四三二七万〇八二二円

(イ) 商品の受渡期限 昭和五五年七月一六日

(ウ) 商品の受渡場所 大宗

(エ) 代金支払の時期・方法 昭和五五年七月三一日に、昭和五六年二月二八日満期の原告振出の約束手形を交付する。

(一一) その後、原告の相当者馬淵は、谷宗の担当者藤井らを同道して、前回同様、本件(二)(三)契約に関する買約証に被告の捺印をもらうべく、昭和五五年七月二二日、被告会社の河野を訪ねたが、この時には河野の上司が不在であったため、後日捺印済みの買約証を原告に郵送して返還するとの約で、これを河野に手交して帰った。同月二五日、捺印済みの買約証が被告から郵送されて来たので、原告の担当者野村は、被告に電話して、河野に対し納品及び被告の支払の点の確認を求めたところ、河野は、(二)(三)の商品はいずれも既に最終納入先に納品済みである旨、同年八月末日には約定どおり被告は原告に対し売買代金相当の約束手形を振出・交付する旨いずれも確認しながらも、前回同様、納品日についてはこれを遅らせて、昭和五五年八月一日から同月一五日までの間に数回に分けて大宗及び谷宗に納品がなされたことにして欲しい旨依頼し、野村に対し、その形式上の納品日及び品目の明細を指示した(その後、原告は、右指示に従って納品書を作成し、請求書とともに昭和五五年八月一〇日頃被告に郵送した。)。

(一二) 原告は、右のとおり河野の支払約束に関する確認も得られたところから、昭和五五年七月三一日、約定どおり谷宗グループに対し、売買代金の支払を行なった。

(一三) その後、原貨は、昭和五五年八月一五日、河野のもとに請求書を届けに行ったところ、この時にも、河野は、同月末日には被告が原告に約束手形を振出す旨確約した。ところが、同月下旬頃から、被告は、種々の口実を設けて、原告の担当者が河野に面会することを拒むようになり、同月末日には、原告の従業員が被告の経理部に集金に赴いたにもかかわらず、約定の代金支払をしなかった。そのため、原告は、同年九月五日、谷を訪ねたが、谷は、本件各取引については何等の問題もないので、被告から必ず代金が支払われるはずであるから、しばらく待って欲しいと答えるのみであった。

(一四) しかし、昭和五五年一〇月末日に、谷宗は不渡を出して倒産するに至り、それ以来、被告は、原告の請求にもかかわらず、前記約定代金の支払を拒絶し続けている。

2 商品引渡の再抗弁

右記本件(一)ないし(三)取引(以下「本件各取引」という。)の経過によれば、本件(一)ないし(三)契約(以下「本件各契約」という。)は、契約締結前に商品の引渡を済ませておくことを前提とし、かつ被告において、谷宗グループへの納品がなされたことを確認したうえ、締結されたものである(なお、商社取引においては、中間介入商社は現品の確認をしないのが通常である。)から、(一)ないし(三)の各商品(以下「本件各商品」という。)は、既に被告に引渡済みであるというべきである。

3 環状型つけ取引の再抗弁

前記本件各取引の経過によれば、本件各取引は、谷宗グループと被告との売買取引に原告が中間商社として介入する、いわゆる「つけ取引」であり、かつ、本件各商品が、谷宗グループから原被告を経て谷宗グループへと順次売買される環状型の取引でもあるから(以下、このような取引形態を「環状型つけ取引」という。)、本件各商品の現実の引渡はなされることなく、法律上は簡易の引渡又は指図による占有移転により、谷宗グループと原告、原告と被告、被告と谷宗グループの各契約成立と同時に、本件各商品の引渡はすべて終了し、あとは各代金の支払関係のみが残るものと解すべきである。

そうすると、本件においては、前記本件各取引の経過によれば、谷から原告に対し本件各取引への介入の依頼がなされる以前に、被告と谷宗グループとの間では既に本件各取引に関する合意がなされていたのであるから、原告と被告との間の本件各契約の成立と同時に、あるいは遅くとも被告が谷宗グループに対し請求書を発行した時点(すなわち、被告と谷宗グループとの間で本件各商品に関する売買契約が確定的に成立した時点)で、本件各商品の引渡はすべて終了したものというべきである。

4 禁反言の再抗弁

(一) 被告は、前記1(本件各取引の経過)に記載のとおり、本件各契約の前後を通じ、再三にわたり、原告に対し、本件各商品は既に谷宗グループに納品済みである旨言明し、被告の代金支払期日には必ず代金を支払う旨確約していた。

(二) そして、原告は、被告の右発言を信頼して、谷宗グループに対し、約定の代金を支払ってきたものである。

そうすると、被告が今日に至って前言を翻し、本件各商品の引渡が未了であるなどと主張することは、禁反言の法理に照らし、到底許されないことである。

5 心裡留保の再抗弁

(一) 前記本件各取引の経過に記載のとおり、谷宗グループは、本件契約前に既に、原告に対して、本件各商品の最終荷受人への納入を済ませた旨言明していた。

(二) そして、谷宗グループは、その後においても、商品が引渡ずみであること及び自己の代金債務の存在を全く争っていない。

そうすると、谷宗グループの右表示を信頼して原告が被告との間で本件各売買契約を締結した以上、谷宗グループは、民法九三条の類推適用又は信義則により、原告のみならず被告に対しても、商品引渡が未了であること及び自己が代金債務を負担していることを争えない立場にあり、かつ、被告も、取引安全の見地から、原告との関係で、右谷宗グループの右表示に反する主張は許されないというべきである。

6 信義則違背の再抗弁

(一) 本件各取引実施の背景

被告は、谷宗グループのメイン商社として、以前から谷宗グループとの間で継続的に金融取引及び備蓄取引を行なってきたが、谷宗グループの資金繰りが昭和五五年頃から苦しくなり始めたことから、同年二月頃谷宗グループに対する与信枠を従前の三八億円から二八億円(大宗が八億円、谷宗が二〇億円)に縮少した。そのため、谷宗グループは、たちまち被告に対する手形決済の資金に窮することになり、その旨被告に相談した結果、谷宗グループは、同グループと被告との金融取引の中間に別の商社を介入させるつけ取引を行なうことにより、同グループがより早期に商社手形を入手し、これを被告への決済資金に充てることとなった。そこで、谷宗グループの谷は、原告やトーメン等の商社に右つけ取引への介入を依頼し、その結果、原被告及び谷宗グループ間で成立した環状型つけ取引が、本件各取引である。

したがって、被告は、谷宗グループの金融のため、同グループと通謀のうえで、原告を本件各取引へ介入させたのである。

(二) 被告の納品済みの表示及び代金支払の確約

右の背景の下でなされた本件各取引において、被告は、前記本件各取引の経過に記載のとおり、再三にわたって、本件各商品は既に最終納入先に引渡済みである旨、及び約定の代金支払期日には必ず原告に代金を支払う旨、原告に対し言明し、原告も、右被告の言葉を信頼して、谷宗グループに対し約定の代金を支払った。

(三) 谷宗グループの倒産と被告の債権回収工作

しかるに、被告は、その後、谷宗の倒産の前後を通じ、原告に対し、谷宗グループに対する手形の書替や内整理の協力方を要請しておきながら、自らは昭和五五年八月下旬頃から、谷宗グループの倒産を予想して被告の債権確保に奔走し、同年九月中旬、谷宗グループの不動産はもとより商品その他資産全般について逐次その所有権を取得し、同年一一月頃から谷宗グループとの間に専属的な委託加工契約を締結し、現在でも委託加工取引を続けている。

(四) 被告の解除通告

しかも、被告は、前記のとおり、以前から自ら谷宗グループとの間で継続的に金融的な取引(その約半分は商品を伴わないものである。)を行なっておきながら、原告の介入した本件各取引については、自己の代金債務を免れるため、本訴提起後の昭和五六年二月一八日に至って、突如、本件各商品の引渡がなされていないことを理由へ、右引渡を催告するとともに、五日以内に引渡がなされない場合には本件各契約を解除する旨通告してきたのである。しかしながら、本件各商品については、(三)に記載のとおり、被告が既に昭和五五年八月頃に谷宗グループの全商品を買上げてしまっていたため、その当時においては、もはや原告がその現物の有無を確認することすら不可能な状態になっていたのである。

以上(一)ないし(四)に記載のような事情が認められるのであるから、被告が今日に至って、本件各商品の引渡がなされていないことを理由に、あるいは本件各契約の解除を主張し、またあるいは本件各商品の引渡と自己の代金支払との同時履行を主張することは、著しく信義に反し、許されないといわなければならない。

六  再抗弁に対する認否・主張

1 再抗弁1(本件各取引の経過)について

(一) (一)の事実は、認める。

(二) (二)のうち、原告が昭和五二、三年頃より、谷宗と売買取引を行なってきたことは認め、その余の事実は不知。

(三) (三)(四)の各事実は、いずれも争う。

(四) (五)のうち、原被告間で(2)の約定に基き本件(一)契約が締結されたことは認める。ただし、本件(一)契約の成立の日は、昭和五五年六月二三日頃であり、また引渡期限については、原告主張のような契約成立前のものではなく、契約成立後の同年七月一五日であり、同月末日の被告の代金支払に先立って、原告が谷宗に(一)の商品を納入しておく約束になっていた。

その余の事実は不知。

(五) (六)の事実は、否認する。

(六) (七)のうち、被告が原告主張のとおり約束手形二通を振出・交付したこと、及びそのうち一通については支払をしたが、一通については支払を拒絶したことは認め、その余の事実は否認する。

(七) (八)の事実は、不知。

(八) (九)の事実は、争う。

(九) (一〇)のうち、原被告が本件(二)(三)契約が締結されたことは認め、その余の事実は不知。

(一〇) (一一)の事実は、否認する。

(一一) (一二)(一三)の各事実は、争う。

(一二) (一四)の事実は、認める。

2 再抗弁2(商品引渡の再抗弁)の主張は、争う。

(一) 本件各取引は、いずれも谷宗グループから原告次いで被告を経て谷宗グループへ順次商品が転売される取引であり、かつ売買目的物である商品の裏付けのない架空取引であって、谷宗グループが原告から手形を詐取すべく仕組んだものであった。

もっとも、被告自身は、右のような本件各取引の実態、すなわち、本件各取引が環状取引であることや本件各取引には商品が当初から存在しないことなどは、全く知らなかったのであり、終始、原告の在庫品を対象とした普通の取引であると信じていたのである。

(一一) それに対し、原告は、本件各取引が環状取引であることを当然知っていたのであり、かつ商品の存在しないことも認識していたのであるから、原告によって商品の引渡がなされたような事実は全くない。

(一二) また、原告は、河野から納品済であることの確認を受けた旨主張するが、① 被告のような商社の従業員が自ら現実の商品の引渡に立会うことなどはほとんどないし、また、② 真に被告の確認が必要ならば、当然原告としては被告から物品受領書をもらっておくのが筋であるのに、原告はこれをしていないのであるから、これはとりもなおさず、河野がそのような確認などはしていないことの証左である。

3 再抗弁3(環状型つけ取引の再抗弁)については、本件各取引が環状取引であったことは認めるが、その余の事実・主張は争う。

4 再抗弁4(禁反言の再抗弁)及び同5(心裡留保の再抗弁)の事実・主張は、いずれも争う。

5 再抗弁6(信義則違背の再抗弁)について

(一) (一)の事実は、否認する。

被告が、従前谷宗グループとの間で行なってきた取引は、① メーカー等から被告を経て谷宗グループに順次転売する取引と、② 大宗から被告を経て谷宗に転売する取引だけであって、いずれも、通常の商品の裏付けのある取引であった。

原告は、被告が本件各取引に原告を介入させた旨主張するが、仮にそうであるならば、最終買主の受領書は被告が入手するはずであるが、本件では原告が入手しているのであり、かえって本件各取引に関する重要書類のほとんどが原告によって作成されていることなどの事実に照らすと、むしろ原告こそが、被告を本件各取引に介入させたものというべきである。

(二) (二)(三)の各事実は、いずれも否認する。

(三) (四)のうち、本件各契約解除の意思表示に関する事実は認めるが、その余の事実・主張は争う。

(四) 仮に、原告主張のように、原告はつけ取引として本件各取引に介入したとしても、ひとたび売買という法形式を選んで取引を行なった以上、原告は、被告に対する商品の引渡し義務を免れることはできない。

(反訴事件関係)

一  被告の請求原因

1 被告は、昭和五五年六月二三日、原告との間で、本訴事件関係の再抗弁1(五)(2)に記載の約定(但し、商品の受渡期限は、昭和五五年六月一九日ではなく、同年七月一五日であり、被告の代金支払に先立って原告が谷宗に(一)の商品を納入しておく旨の商品引渡先履行の特約が付されていた。)による本件(一)契約を締結した。

2 被告は、昭和五六年一月三一日、原告に対し、約定代金のうち三二〇三万二三五〇円を支払った。

3 本訴事件関係の抗弁1(一)(二)(売買契約解除の抗弁)と同旨であるから、これを引用する。

4 よって、被告は、原告に対し、売買契約解除による原状回復請求権に基づき、右原告に支払った代金三二〇三万二三五〇円の返還と、これに対する原告の右代金受領の日の翌日である昭和五六年二月一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による法定利息の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実のうち、右契約締結日が昭和五五年六月二三日であることは否認し、その余の事実は認める。

前記のとおり、契約締結日及び商品の受渡期限は、ともに同年六月一九日である。

2 同2の事実は、認める。

3 同3の事実・主張に対する認否については、本訴事件関係の抗弁に対する認否1と同旨であるから、これを引用する。

三  抗弁

本訴事件関係の再抗弁1ないし6と同旨であるから、これを引用する。

四  抗弁に対する認否

本訴事件関係の再抗弁に対する認否と同旨であるから、これを引用する。

(手形事件関係)

一  原告の請求原因

1 原告は、別紙約束手形目録(1)(2)記載の約束手形二通(以下「本件各手形」という。)を所持している。

2 被告は、原告にあてて本件各手形を振出した。

3 原告は、株式会社住友銀行に対し拒絶証書作成義務を免除して本件各手形を裏書譲渡し、右銀行は、満期の日に、支払場所(手形交換所)で支払担当者に支払のため本件各手形を呈示したが、支払がなかった。

4 右不渡により、原告は、昭和五六年二月二八日、住友銀行に右手形金を支払い、本件各手形を受戻した。

5 よって、原告は、被告に対し、本件各手形の手形金三二〇三万二三五〇円及びこれに対する本件各手形の受戻の日である昭和五六年二月二八日から支払済みまで手形法所定の年六分の割合による法定利息金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

全部認める。

三  抗弁

1 本件各手形は、本件(一)契約に基づく売買代金支払のため、被告が原告に対し振出交付したものである。

2 本訴事件関係の抗弁1(一)(二)(売買契約解除の抗弁)と同旨であるから、これを引用する。

四  抗弁に対する認否

1 抗弁1の事実は、認める。

2 同2の事実・主張については、本訴事件関係の抗弁に対する認否1と同旨であるから、これを引用する。

五  再抗弁

本訴事件関係の再抗弁1ないし6と同旨であるから、これを引用する。

六  再抗弁に対する認否

本訴事件の再抗弁に対する認否と同旨であるから、これを引用する。

第三証拠《省略》

理由

第一当事者間に争いのない事実

以下の一ないし六の事実は、全事件を通じ、当事者間に争いがない。

一  原告は、各種商品の輸出入を業とする株式会社、被告は、いわゆる総合商社である株式会社である。

二  原告と被告とは、本件各契約を締結した(但し、各契約の成立日及び各契約における売買目的物の引渡期限に関する約定の点は、除く。)。

三  被告は、本件(一)契約に基づく売買代金支払のため、本件各手形を原告に対し振出し交付し、原告は現在本件各手形を所持している。そして、手形事件関係の請求原因3並びに4のとおり、原告が住友銀行に本件各手形を裏書譲渡したが、本件各手形が不渡となったため、原告が受戻した。

四  被告は、昭和五六年二月一九日到達の書面で、原告に対し、右書面到達の日から一週間以内に本件各商品の引渡を行なうよう催告するとともに、右期限内に右引渡がなされない場合には右期限経過の日をもって本件各契約を解除する旨の意思表示を行なった。そして、昭和五六年二月二七日、右期限が経過した。

五  谷宗は、各種繊維の製織・編織・縫製・仕上・加工や各種繊維原料の輸入等を業としている会社、大宗は繊維製品の製造・販売を業とする株式会社であるが、実際は、大宗の代表取締役谷が、谷宗の専務取締役を兼務し(なお、谷は谷宗の代表取締役谷叡の弟である。)、両社の営業及び財務を担当して、事実上両社の経営全般を取り仕切っているうえ、両社の資金繰りも谷宗が中心に行なっており、また大宗は倉庫を持たず谷宗の倉庫を使用しているなど、両社は取引通念上一体視すべき会社である。

六  谷宗は、昭和五五年一〇月末日、不渡を出して倒産した。

第二売買契約解除の主張(本訴事件並びに手形事件においては抗弁事実、反訴事件においては請求原因事実)及び同時履行の主張(本訴事件並びに手形事件においては抗弁事実)について

一  本件各取引の成立について

《証拠省略》に前記認定事実を総合すると、次のとおり認められる。各売買契約が締結された当時、その各当事者(ことに被告)がその旨認識していたかどうかはともかくとして、結果的に、本件各契約は、いずれも本件各取引の一部分をなしていた。すなわち、①本件(一)契約は、(一)の商品を、大宗から原告から被告、被告から大宗(但し商品の納入先は谷宗)へと順次転売する本件(一)取引のうち、右原被告間の売買契約に該当する。②本件(二)契約は、(二)の商品を、大宗から原告、原告から被告、被告から谷宗への順次転売する本件(二)取引のうち、右原被告間の売買契約に該当する。③本件(三)契約は、(三)の商品を、谷宗から原告、原告から被告、被告から大宗へと順次転売される本件(三)取引のうち、右原被告間の売買契約に該当する。本件(一)取引を構成する各売買契約はいずれも遅くとも昭和五五年六月二三日までに、本件(二)取引及び本件(三)取引を構成する各売買契約はいずれも遅くとも同年七月二五日までにそれぞれ成立していた(なお、本件(二)取引及び本件(三)取引は同時に成立した。)。

以上の事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

二  本件各取引の実態について

《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。①本件各取引はいずれも、谷が、当時谷宗グループは資金繰りに窮していたにもかかわらず、同グループのメイン商社である被告の同グループに対する与信枠に余裕がないところから、同じく商社である原告の約束手形を得てその割引を受け右資金繰りの窮状を切り抜ける目的で、当初から売買目的物の引渡を行なう意思はなく、形式上谷宗グループから原告、原告から被告、被告から谷宗グループに商品が順次転売される取引を作り上げようと企て、原告に対しては谷宗グループと被告との間の売買取引に中間者として介入するよう依頼し、他方被告に対しては、原告と谷宗グループとの売買取引に中間者として介入するよう依頼して、その結果として成立した取引である。②右のとおり、谷が原被告双方に売買取引への介入を依頼した際、原被告と谷との間では、中間介入者は売買目的物の現実の引渡には関与せず、売買目的物は最初の売主から最終の買主に直送する旨暗黙裡に合意されていた。③本件各取引においては、結局、本件各商品の現実の引渡はもちろん、売買のための種類物の特定さえなされずに終った。以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、本件各取引は、①既に形式上成立している売買契約の中間に、売主の金融等を目的として、商社等が介入するいわゆるつけ取引(介入取引)であり、かつ②形式的には、谷宗グループから商品が出て順次原告、被告と転売され、再び谷宗グループに商品が戻る環状型の取引であり、そして③商品の現物の裏付けのない伝票上の売買取引である、などの特色をもつものである。

そして、原告が、本件各取引当時、右のような本件各取引の実態を知っていたことは、原告の自認するところである。

三  つけ取引における中間介入者の目的物引渡義務について

1  ところで、商品の売主と買主との間で既に成立している売買契約に関し、売主により早期に売買代金を得させて実質的に金融を受けさせる等の目的で、売主、買主の依頼により、売主・買主間の売買契約に、中間者(商社等が多い。)が介入し、形式上は売主・中間者、中間者・買主間にそれぞれ売買契約が成立して目的物が売主・中間者・買主の順に転売されるような形態をとりながらも、実際は全当事者間で売主から買主に目的物を直送する旨の合意がなされることによって、中間者は売買目的の現物の引渡には全く関与しない、いわゆる「つけ取引」又は「介入取引」が、今日商社取引等において頻繁に行なわれていることは、いわば公知の事実である。この場合、中間者は単に形の上で売買当事者になったにすぎず、中間者が現実に目的物の引渡を受けまたこれを行なうことは全く予定されていないところなのであるが、形式的には売主・中間者、中間者・買主間に法律上有効な売買契約が締結されているのであるから、右つけ取引においては、特に中間者についてどのような事情があれば、代金請求権の対価としての目的物の引渡の要件が充たされたことになるかが問題となる。

この点につき検討すると、①売主から買主に対し目的物の現実の引渡がなされた場合には、中間者が直接買主のもとに赴き物の受領を確認するか、又は、買主から物を受領した旨の意思表示が中間者に対しなされた場合には、全当事者間で目的物の引渡がなされたものとみてよい。けだし、前者の方法が有効であることはいうまでもなく、後者の場合も、簡易の引渡が全当事者間でなされたものといえるからである。次いで、②売主から買主に対し、目的物の現実の引渡がなされず、占有改定により、依然売主が買主の占有代理人として占有している場合にも、買主から目的物を受領した旨の意思表示が中間者になされた場合には、まず中間者が占有改定により売主から物の占有を取得し、次いで中間者から買主に対し指図による占有移転(すなわち、中間者の占有代理人売主に対する指図と、買主の中間者に対する承諾の意思表示)がなされたのと同視しうるものであり、いわば右二度の占有移転の手続を一度にしたものといえるから、この場合も全当事者間で引渡がなされたものとみてよい。

結局、右いずれの場合においても、買主から中間者に対し目的物を受領した旨の意思表示がなされさえすれば、中間者につき前記引渡の要件が充たされたと考えられるのであって、実際の取引においては、買主による物品受領証等の発行などの方法によって、右意思表示がなされたことを確認しうる。

2  そして、この理は、中間介入者が一名でなく、本件原被告のように数名にわたる場合でも同様であって、各中間者は、いずれも、最終買主の物品受領の意思表示さえ受ければ(右意思表示は自己に対するものでなく、自己の前者に対するものであっても、右意思表示の存在を確認できさえすれば足りると解すべきである。)、自己につき前記引渡の要件を充たしたものといえる。

3  そこで、さらにすすんで、本件の原被告のように、複数の者(商社)がそれぞれ売主・買主間の売買契約に中間者として介入し、順次目的物が転売される形態をとるが、実は、買主は売主と取引通念上同視しうる者であって、取引の実態としては、売主から各中間者(原被告)を経て売主ないしこれと同視しうる買主に戻るという環状に収束する取引、環状型つけ取引になっている場合において、最初の(売主に直結した)中間者(原告)につきどのような事情があれば前記引渡の要件を充たしたことになるかについて検討する。

まず、前に検討した結果にそのまま従えば、最初の中間者(原告)は、最終買主(実質的には売主)の物品受領の意思表示を受けていさえすれば足りるということになろう(仮に、後の中間者〔被告〕が右意思表示を受けていなくとも、後の中間者〔被告〕は、最初の中間者〔原告〕に対し買主が右意思表示を行なった事実を援用することにより、自己の買主に対する目的物の引渡義務をも免れうるから、右のように解しても、後の中間者〔被告〕は不利益を被ることはない)。しかしながら、右が環状型の取引であることに鑑みると、右取引形態においては、売主・買主間の目的物の現実の引渡も考えられず、目的物の現実の引渡に関与する当事者は皆無なのであるから、最終買主(実質的には売主)の目的物の意思表示も、右2の(環状型取引でないいわば通常型の)つけ売買の場合においてされる目的物受領の意思表示のように、最終買主が他から目的物の占有の移転を受けたことを確認する趣旨を含まないものであり、取引の対象とされた目的物を最終買主すなわち実質は売主が占有していることを確認する趣旨だけを含むものとみるべきであろうから、右受領の意思表示だけによって取引に関与した各当事者間の引渡が完了したものとみなすにはなお不十分であるといえなくもない。しかし、各中間者(原被告)においてその関与している取引が売主に始まって売主ないしこれと同視しうる者によって終わるものであること、すなわち、環状に収束するものであることを認識している場合においては、その環状の各取引に関与する各当事者のすべてが各取引に伴うべき目的物の現実の引渡を実際にはまったく行なわないことを承知したうえで、最終買主の受領の意思表示によってその引渡を完了したものと擬制することを了承しあっているものということができるから、各中間者が右の事情を認識しつつ売主・最初の中間者(原告)、同中間者(原告)・後の中間者(被告)、同中間者(被告)・最終買主(実質は売主)間で各売買契約を締結し、かつその環状売買取引に関して最終買主が中間者に目的物受領の意思表示をしたときに、すべての当事者間で目的物の引渡が完了したのと同視しうるものとみてよいといえる。

4  そうすると、本件においては、原告が、谷宗グループから、物品受領の意思表示を受け、原被告双方が本件各取引はいずれも谷宗グループから始まって谷宗グループに終わる環状に収束する取引であることを認識しながら、本件各売買契約を締結したという事実が認められれば、原告は、被告に対し、本件各商品の引渡をしたか、これと同視することができるものというべきである。

そこで、以下この点につき判断する。

四  まず、最終買主の原告に対する物品受領の意思表示について検討する。

《証拠省略》によれば、本件各契約のいずれにおいても、契約成立前に、最終買主である谷宗又は大宗の受領印の押捺された(但し、本件(一)契約においては、最終買主は大宗であるが、約定により商品納入先は谷宗となっているので、谷宗の受領印の押捺された)各商品の受領書が、請求書や納品書又は出荷案内書に添付されて、最初の売主である谷宗又は大宗から原告に送付されていたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

次いで、本件各取引が環状型取引であることについての被告の認識について検討する。

1  本件各取引を構成する売買契約が、本件(一)取引については昭和五五年六月二三日までに、本件(二)取引及び本件(三)取引については同年七月二五日までに成立したこと、原告自身は本件各取引が環状型取引であることを認識していたことは、前記のとおりである。

2  《証拠省略》を総合すると、以下の事実が認められる。

(一) 被告の谷宗グループ関係の取引担当者河野は、前記のとおり谷宗・大宗が取引通念上一体視されうる会社であることを知っていた。

(二) 谷宗グループは、本件各取引以前から、被告との間で、(イ)カーペットのシーズンオフに谷宗グループが資金繰りに困るため、右時期に被告が谷宗グループから商品を買上げ、もって谷宗グループに資金援助を行ない、再びカーペットのシーズンが到来すると右買上げた物を谷宗グループに転売する、いわゆる備蓄取引(在庫融資)(被告と谷宗グループとの間で行なわれていた備蓄取引は、純粋な形のものは少なく、むしろ多分に金融的色彩が強かった。)、また、(ロ)大宗、メーカー、被告、大宗(又は谷宗)と順次転売する形態や、谷宗、メーカー、被告、谷宗と順次転売する形態などメーカーが介入する種類の備蓄取引(いわゆるメーカー備蓄)、(ハ)純粋に被告の約束手形を取得することだけを目的とした、大宗、被告、谷宗と順次転売する形態の金融取引、(ニ)他の商社に手形サイトをかぶらせて、谷宗グループの資金繰りをはかることを目的とする、谷宗、商社、被告、大宗と順次転売する形態の金融取引や、大宗、商社、被告、谷宗と順次転売する形態の金融取引、を行なっていた。

(三) 本件各取引においては、いずれも契約前に、すなわち本件(一)取引については昭和五五年六月一九日までに、本件(二)取引及び本件(三)取引については同年七月一九日までに、売主が最終納入先である谷宗又は大宗に本件各商品の受渡を済ませておく旨の特異な約定が各契約当事者間で結ばれていた。

(四) そして、河野は、原告の担当者馬渕及び野村に対し、右約定を了承しながらも、被告社内の内部事情を理由として、納品は契約締結後何回かにわたってなされたことにして欲しいと述べて、その日時及び同日納入されたことにする商品の品目と数量を指示し、その旨記載された納品書を原告から被告に提出させた。

(五) 被告は、谷宗グループのメイン商社であったが、当時谷宗グループは資金繰りに窮していたため、谷は、毎日のように河野に面会に行っていた。

(六) 本件各取引は、右のように谷宗グループが資金に窮した状況の下で行なわれ、かつ、それにもかかわらず本件各取引の対象となる本件各商品はきわめて大量の原糸、原綿であった(これは、谷らが、まず金融を受ける金額を定めたうえ、右金額に相応するように適当に商品の種類、数量を決定したためである。)が、河野は、右事実を熟知しながら、特に右谷宗グループの右商品購入につき、説明を求めたり、クレームをつけたりしなかった。

(七) 谷や谷宗の担当者藤井は、被告に本件各取引への介入を依頼する際にも、右取引が金融目的であることが露わにならぬよう、取引代金の総額を説明するのみで、ほとんど取引の対象である商品につき説明を行なっていないが、河野も、それ以上に商品につき説明を求めるようなことはしていない。

以上の事実を認めることができ(る。)《証拠判断省略》

右認定事実に、証人谷の、「本件各取引が金融のための環状取引であることは、積極的に河野に説明していないが、河野は右事実を多分知っていたと思う」旨の証言や弁論の全趣旨を総合すると、被告の担当者河野は、本件各取引が谷宗グループの金融のための環状取引であったことを、当時少なくとも未必的には認識していたものと推認することができる。

3  この点に関し、証人河野は、本件各取引が環状型の目的物の裏付けのない取引であることは知らなかったのであり、昭和五五年八月一一日頃被告審査部の手によって右事実が露顕するに至るまでは、原告の在庫品について、原告から被告、被告から谷宗グループの三者間の取引であると信じていた旨供述しているが、①証人谷は、河野に対し、本件各取引が原告の在庫商品を目的とする取引である旨説明したことはない旨明確に供述しており(この供述を覆すに足る証拠は見出せない。)、かつ②商社間取引は異例のことである(この点は《証拠省略》により認められる。)うえ、メーカーでもない原告から在庫品を買い受けるなどというのはいささか不自然であるし、③仮に河野が真に本件各取引を原告の在庫品を対象とした取引であると信じていたのであれば、現物が谷宗グループに引渡されたか否かの確認を求めるのが自然である(ことに、谷宗グループは、被告と緊密な関係にあるから右確認を求めるのは容易であり、しかも当時谷宗グループが資金繰りに窮した状態にあったのであるから、なおさらのことである。)のに、前記認定のとおり、この点の確認を河野が行なった形跡がなく、また、右商品につき多少とも谷や藤井から説明を求めた事実もないなどの諸事情があることに照らすと、河野の前記供述は到底信用することができない。

以上によれば、原被告及び谷宗グループは、いずれも、本件各取引が環状つけ取引であることを認識しながら本件各取引を成立させたものと認められ、かつ最終買主である谷宗グループにおいて物品受領の意思表示もしているから、原告は、遅くとも前記本件各取引の成立の日である昭和五五年六月二三日(本件(一)取引)及び昭和五五年七月二五日(本件(二)(三)取引)に、本件各商品の引渡を完了したのと同視しうるものと解することができる。

五  よって、被告の売買契約解除の主張及び同時履行の主張はいずれも理由がない。

六  原告の信義則違反の主張について

さらに、かりに本件において原告の被告に対する売買代金請求権の対価としての物の引渡の要件は充たされていないものとみるほかないとしても、前記認定の諸事実のもとにおいては、被告において原告から目的物の引渡のなかったことを本件各契約解除の理由とし、あるいは代金支払につき引渡との同時履行を主張することは、信義則に反して許されないものというべきである。すなわち、前記認定の各事実によれば、被告は、本件各取引が環状つけ取引であり、谷宗グループに金融を得させることを目的としたものであることを、暗黙裡にせよ承知しており、したがって本件各取引の対象とされる商品も、谷らにおいて、谷宗グループが金融を受ける金額をまず決めたうえ、その金額に相応するように種類、数量を決めるという程度のものにすぎず、当該商品が売主(谷宗グループ)、原告、被告、買主(谷宗グループ)の順に現実に受渡されることはまったく予定せず、ただ売主から買主に直接受渡がされればよいとされていたものであり(それも、ほとんど形式をととのえる程度のものでよいとされていたことが、前認定の事実により十分推認される。)、そして、(現実の引渡を伴うにせよ、伴なわないにせよ、)買主の受領印の押捺された商品受領書によって買主が右受渡を受けた旨が証されることとされ、現に本件各取引につき受領書が買主から原告に送付されていることが明らかであり、要するに、被告としても、本件各取引の過程において原告との間で本件各取引の目的物の現実の受渡をすることなどまったく予定せず、買主の受領書による目的物の受領の確認によって本件各取引に伴なう目的物の移動(占有移転)はすべて完了するものとみなしていたものであるということができるから、いまさら、すでに買主によって受領が確認されている本件各取引の目的物について、被告において、原告からその引渡のなかったことを理由として本件各契約の解除を主張し、あるいは売買代金支払につき引渡との同時履行を主張することは、信義則に反して許されないものというべきである。

したがって、いずれにしても、被告の売買契約解除の主張及び同時履行の主張は、理由がない。

第三結論

以上によれば、原告から被告に対して本件(二)(三)契約の売買代金計八八〇二万五四六一円と内金(本件(二)契約の代金)四三一五万九一八〇円に対する支払期日の翌日の昭和五六年三月一日から、内金(本件(三)契約の代金)四四八六万六二八一円に対する支払期日の翌日の同年四月一日から、各支払ずみまで商事法定利率の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める本訴事件の請求は理由があるから認容し、原告から被告に対して本件各手形の手形金三二〇三万二三五〇円及びこれに対する各支払期日(満期)である昭和五六年二月二八日から支払ずみまで手形法所定の利息の支払を求める手形事件の請求も理由があり、これを認容し被告に訴訟費用の負担を命じ仮執行宣言を付した主文第二項掲記の手形判決は相当であるから、これを認可することとし、被告の原告に対する反訴事件の請求は理由がないからこれを棄却することとし、本訴事件及び反訴事件の訴訟費用につき民訴法八九条、異議申立後の手形事件の訴訟費用につき同法八九条、四五八条、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岨野悌介 裁判官 本間榮一 裁判官杉田宗久は転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官 岨野悌介)

<以下省略>

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